今年の土用の丑の日はいつ?関西と関東の調理法が違うのは何故?

こんにちは。

「土用の丑の日」にうなぎを食べるって習慣は、もうずっと前からありますよね。

みなさんも、当然毎年とは言わないまでも何度も食べたことはあるはずです。

この習慣はどこから始まったのか調べてみると、
説は色々あるみたいで、特に有力なのは平賀源内
「夏場の売り上げ不振に悩んだ鰻屋に請われて考案した
「本日土用丑の日」というキャッチコピーが元」だと言う説です。

そうなると江戸時代から現在までこの習慣が続いてるって、
なんかすごいですね!

しかし、土用の丑の日に鰻を食べると言う習慣は全国共通なんですが、鰻の調理方法が関西と関東では全く違うみたいなので、

今日はその理由を調べてみたいと思います。

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調理法の違いは武士の思考の差!?

もともと鰻の調理の仕方は今とは違い、鰻の頭からしっぽへ
向かって串をさして焼くだけのスタイルだったみたいです。

最初はなんともざっくばらんとした調理だったんですね~w

そして、当時は京都の宇治川でたくさんうなぎが捕れたそうです。
うなぎは宇治川の名産で大変人気がありました。

その人気が大阪や江戸に飛び火して、いつしか庶民の人気メニューとなっていったそうです。

最初は頭からしっぽへ串刺しにして焼いただけの鰻が、だんだん進化して大阪では腹から裂いて中骨と内臓を取り、甘いタレをつけて焼くようになりました。

しかし、江戸では腹から裂くのは「切腹」を連想させる縁起の悪いものと敬遠したので、調理人が武士を気遣い背から裂いて調理するようになったようです。

調理方法は背から裂いて、中骨と頭、尾、ひれ、肝をとって二つか三つに切って白焼きにしてから、これを蒸してタレをつけて焼くのが江戸の調理方法です。

しかし同じ江戸時代の武士なのに、大阪の武士はなぜか鰻を腹から裂いても、特に「切腹」とは連想しなかったみたいで、そのまま腹から裂く調理方法が定着したようです。

大阪人はそういう所よりも、おいしく食べれる事の方が大事なのかも知れませんねw

ちなみに「かば焼き」と言う名前ですが、
これは調理名ですが、もともとは今のスタイルの調理名ではありませんでした。

正確には、最初の調理方法の鰻の頭からしっぽへ串刺しにした状態が蒲の穂(がまの穂)に似ている事に由来するそうです。

蒲の穂

蒲の穂

 確かに形的には串刺しなので
蒲の穂には似ているとは思います。

じゃーそれなら
「がま焼き」なんじゃ無いの?と思うのですが、調べるとこれも色々説があるようです。

最初は「がま焼き」と読んでいたが、しだいに変化して「かば焼き」と呼ぶ説。

焼きあがった時の色が「樺の木」の色に似ているので「かば焼き」と呼ぶ説。

焼きあがった香りの良さから「香疾(かばや)」と呼ばれ「かば焼き」と呼ぶ説。

と色々あるんですが、
とにかくどっちにしろ、今のスタイルになる前からずっと鰻は
「かば焼き」だったんですw

と、言う事で今年の夏の土用の丑の日は

7月24日と8月5日です。

みなさんも夏バテ防止の為、おいしい鰻を食べて暑い夏を
乗り切りましょう!

全国のおいしい鰻屋さんを教えてくれる良いサイトがありますので
興味のある方はこちらをご覧ください。

では、最後までご覧頂きありがとうございました。

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