倒産危機の龍角散はなぜ再生出来たのか?藤井社長の驚きのやり方とは!?

「ゴホンと言えば龍角散」で、高齢者にお馴染みの家庭薬「龍角散」ですが1970年代をピークに売上げが減少し、1990年代には負債が 40億円と年間売上とほぼ同額に達している状態でした。

現在の社長である、8代目藤井隆太社長は就任時の1995年頃、このままでは5年以内、早ければ3年で倒産すると判断し、驚きの再生計画を練り始めます。

今日はそんな「龍角散」について書いてみたいと思います。

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再生成功の秘訣は自社ブランドの力を信じ抜いた事!?

一時期、あまりにも商品が売れない事から「龍角散はもう商品寿命が終わった製品」という意見まで社内から出たそうです。

当然「ではどうするんだ?」と言う事になり、色々会議を重ねた結果マーケットのさらに広い胃薬市場への進出を検討しました。

しかし、医薬品の開発には効き目とは別に副作用も正確に把握しておかねばならず、 勝手が分からない分野の胃薬などに挑戦すれば、財務的に余裕がない状態となり、結局発売までこぎつけられ無いと予想し、その案は却下されました。

しかし、その決断が会社再生へのキッカケとなります。

その後、藤井社長は今までの社内の古い常識、過去の発想から離れるため新たな道を選びます。
それは、もう一度自社ブランドの「龍角散」を徹底的に見直し、社長直轄チームを編成して「 社会的役割から市場を考える」という発想の下、 「広くあらゆる世代に使ってもらえる」新たな商品を打ち出す事でした。

しかし、古い思考の社内からは 改革についてあらゆる反対を受けます。それでも藤井社長は、一切の責任を引き受ける形で大転換を決断します。

そうして、他の業界へ逃げるのでは無く、あくまでも自社ブランドを信じて改革へと取り組んでいきました。

小さな成功から大躍進!今後の目標は?

まず、 水なしで飲める新製品「龍角散ダイレクト」を発売します。

CMにイギリスのオーディション番組で話題になってた、歌手ポール・ポッツを起用し、一気に10代後半の男女までユーザー層が拡大します。

この小さな成功をきっかけに、今まで反対してた保守的な社員も続々と新事業に参加させてほしいと直訴して来るようになりました。

この事が、さらに会社を立て直す大きなビッグウェーブとなり、さらなる新商品のヒットへと繋がります。

今まで作らなかったのど飴服薬ゼリーにまで製品群を拡大し、「龍角散ののどすっきり飴」は2年で4倍増の大ヒットを記録しました。

さらに、現在では大気汚染が深刻化してる中国からの観光客が、「龍角散ののどすっきり飴」を大量に購入していて、のど飴の市場シェアでは1位に輝いています。

そして、もう一つのヒット商品の龍角散 らくらく服薬ゼリー
は最初アイデアが社内で提起された時は大反対の嵐だったみたいたいですw

しかし、藤井社長自ら介護や服薬の現場に足を運んで、寝たきりの患者さんが薬を飲むことに苦労する場面を何度も目撃した経験から、猛烈な反対を押し切り、1998年に世界で初めての服薬補助ゼリーを開発、世界35カ国で特許を取得する製品となります。

そして、これが社長の思惑通りに大ヒット!
今では年間約30億円の市場規模にまで成長し、立派な主力商品になってます。

この服薬ゼリーは当初、介護施設で高齢者向けに導入されましたが、現場の医師から「幼児も使えるよう味を改良してほしい」との要望があり、現在では味を改良した商品が小児科でも広く利用され、小さな子どもを持つ両親の服薬の心配や不安を減らす製品としても知られています。

こう言う現場での声をすぐに反映して、さらにどうすれば世の中の役に立つ商品を消費者に提供できるかを常に考えて提供しようとする姿勢が今の龍角散の強さなのかも知れません。

そして、今後の目標は「現在の成功体験から離れる」ことを最大の目標としているそうです。

要するに成功の慢心からくる衰退を恐れているのでしょう。
一度どん底を見たからこそ、慢心こそ最大の敵だと充分自覚しているのだと思います。

こういう姿勢で物事に取り組んでる人は、二度と失敗はしないでしょうねw

終わりに

「株式会社龍角散8代目 藤井隆太社長」のやった改革は、誰にでも出来る事では無いとは思いますが、決して守りに入らず攻めて行く姿勢はきっと何かの参考にはなると思います!

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